終活っぽい事をはじめました

この記事は、項目を適宜追記していきます。

とはいえ、重病というわけでもなく。
今のところ寿命までは、あと30~40年ぐらいはありそうですが。

終活はじめた理由

子供ができた

子供ができたことによって、生活環境が大きく変わりました。

サラリーマン ⇒ フリーになった

別にブラックという訳ではなかったのですが、社員10人にも満たない零細IT企業に10年以上在籍していた影響で、技術が陳腐化しました。
当然給料が上がらない中で、自分の立ち位置を模索していたのですが、商流の細いIT企業に在籍するのは将来が危ういと判断し、退職。
そして今、フリーになって5年以上経過。
収入面に余裕ができて、心に余裕ができたからか?

某同人誌即売会のスタッフを辞めた

もう10年近く前の話ですが。
当初は復帰する可能性も考えていたのですが、スタッフであった友人が急逝したり、子供が産まれたりと、人生のターニングポイントがいくつも発生した関係で、自分の中でも完全に立ち消え。

今も別に疎遠にしてる訳でもありませんが、進んで即売会の会場に行くことは大幅に減りました。

終活の中身

当然ながら「断捨離」です。
将来的に自分や子供など子孫に残されると困る物を、片っ端から処分。

まず親の持ち物

親の遺している物品を見て愕然

昭和の人は何かと色んな物を持っていまして。
そんな親も老朽化。(失礼)
でも最近、たまに帰ると、少しずつ処分作業をしている状況ではあるもの模様。

家財

死蔵してる物から順番に、片っ端から処分してます。

実家にある私物(本や玩具)は、ほぼ引き揚げました。
実家に遺してあるのは、親子の関係を記す母子手帳やアルバム類、そして、宿泊時の衣類ぐらい。

衣類

着物などについては、買取業者に二束三文で引き取って貰いました。
それ以外の衣類については、資源ごみかリサイクル。

思い出の品

飾ってる衣類については、普通に置いてあります。
特に愛でている品でもないとは思いますが、彼らの生活上の潤いとして、残しておくべきかと。

質素が慣れている人であれば、最初から飾ってないでしょうし、そうではなく、飾っているということは、それだけでも愛着とか心の支えになっているのでないかと。

これらを存命のうちに積極的に処分してしまうのは、流石に可哀想。

墓地

家系が結構古いために、墓も寺の境内に何基かあります。
さすがに自分達の世代で、そしてこのご時世、しかも自分も父母も住んでいない土地にある古い墓の管理は、正直厳しい。

なので、親戚達に声を掛けて、必要に応じて墓じまいをする形で検討しています。

うちの父母は、ともに同じ墓に入ることは「さらさら、ない」らしく。
とは言っても、そのまま放置するのは、ご先祖様に悪いので、墓じまいを検討。

寺としては貴重な収入源を失う事になりますが、お布施を増やすとか、そこは色々と考えてます。

とはいえ、親戚にゴネられる可能性もあるので、そんときは、その親戚に全て任す(法的に明確譲渡する。維持費も当面の費用だけ支払って、枯渇後は負担してもらう)つもりで考えてます。

なぜか、親名義の山があります。
人工林が70%を占める私有地です。

実はこれがかなり厄介で、本当は自治体や国に無償譲渡したいのですが、今のご時世、彼らも人とカネがないので、受け容れてくれることはありません。

ちなみに以前(半世紀以上前)は、まだ無償譲渡の可能性があったのですが、十数年ぐらい前に市町村合併してしまい、可能性は潰えてしまいました。。。

なので自分の場合は、林業法人を作って、管理しています。
でも、こちらも今のご時世、材木がすぐ高く売れるわけではないので、基本「積極経営」ではありません。
人工林としての価値が高い(人工林としてメンテナンスが可能な)場所については、引き続き人工林としての営林を行い、逆に価値が低い場所については、少しずつ広葉樹林(自然林に近い形)に戻すことを事業目的としています。
これらは必要に応じて森林管理署の指導や助言をうけつつ、管理を行っていて、また自然林に戻す事業については、NGOや学術関係者の方々に適宜協力を依頼をしつつ、行っています。

【余談】自然林に戻すこと

自然分野の知識人にはよく知られていますが、一度人工林にしたものを自然林に戻すのは、生半可にはできません。

人工林は、そのまま放置しても、簡単に自然林へは戻りません。

まず、そのまま放置すると、本来は伐採すべき間伐材が伸びてしまい、細い木ばかりになってしまうため、伐採しても木材としての価値を失ってしまいます。

そして何よりも怖いのは、天候など自然災害です。
放置された人工林は、天候や災害の影響を受けやすく、簡単に「地すべり」など、森林崩壊が発生します。

そうなると、山下の住民にも迷惑もかかる(場合によっては家財や生命の危機を生じさせる)可能性だってあり得ます。
そして地滑りを起こした山林はそのまま「ハゲた」ままになってしまい、景観もみっともない。
しかも、その後の複数の災害を、更にひき起こす危険すらあります。

個人的にはそれが嫌なので、自然林に戻す努力をしています。

早くて上手くいって半世紀以上、場所によっては、何世紀もかかる可能性だってありますし、何度も失敗する可能性だってあります。

でも、人工林から得た木材の売却益を原資として、バランスを見ながら、細々ながら事業を続けていければと思ってます。

保安林区画について

自治体や国から「保安林」などに指定された区域は、間伐と植林については補助金が出る場合があります。
その区画については人工林のまま活用しています。これが最終的に林業法人の原資にもなります。

ただし人工林としての価値が低い斜面(北側の斜面や林道造成が困難な箇所など)については、管理維持が困難なため、間伐の都度、自然林に戻す作業をしています。

自衛隊や高圧送電線の鉄塔など貸与している土地

こういった土地区画には賃料収入があるのですが、概ね補助金相当。
別に利益に繋がるほどではありませんので、保安林と同じ考え方で維持してます。

ただし樹林の高さ制限とか、管理上の手間がかなりかかる箇所については、日当たりの良い場所でも、自然林に戻すことがあります。

ちなみに国有林への譲渡とは違い、追加貸与や譲渡の要請については、用途や公益性公共性などの一定の審査をしたうえで、かなり柔軟に対応しています。

貸与譲渡したほうが道路整備もしてくれるし、管理の手間が省けるので。

もちろん演習地としての区画要請については、周辺住民にも配慮して検討しています。

最近は、メガソーラーや風力発電に関する譲渡についての要請もありそうですが、こちらは事業継続性などを厳密に見極めたうえで、譲渡や貸与するつもりです。
途中で倒産して、設備そのまま放置とかはあり得ないので。それなりの保証金を積んでいただくことが前提になるかと。
まぁ今のところ、そんな話は来ないですが。
(山奥とか方角的に適してないとか、設置や送電設備にコストがかかりすぎるとかが理由ではないかと。)

自分の持ち物

書籍・グッズ・CDなど

同人誌も含めてですが、随時見直しを行って、大半を処分する方向で進めています。
購入は引き続き行いますが、もはや「所有欲」の維持はせずに、「要らないな」と思ったら、処分する方向で。

「転売ヤー」ではないので、買ってすぐ売るみたいな事はしません。

PC機材

こちらも書籍類同様。処分の対象。

電子媒体

フロッピーや光磁気ディスクなど、メディアとして「終わった」ものは、随時データを HDD に吸い出して、処分する方向で。

リサイクルゴミを漁る人

私の住む地域は、古紙リサイクルごみの回収日が定期的に存在する。
まぁ以前から、後輪にダンボールを括りつけている自転車に乗ってフラフラしているオッサンを見かけたりしていたのですが、今日は偶然私の住む場所のごみ集積場に居たんですよね。

とはいえゴミを漁ってるほうにしても、気不味いのは分かっているらしく、こちらがゴミを捨てるのが分かったら、乗ってきた自転車でどっか行ってしまいました。

まぁ集めて、近所のブックオフとかに売りに行くんでしょうね。

ちなみにリサイクルごみを漁る行為を「窃盗」として取り締まるのは、実際のところ司法の観点からは、かなり無理があるそうで。
それを自治体で後押しするために、条例とか作って取り締まっているところもありますが、お巡りさんとしては、正直こんなの取り締まりたくないだろうなぁ、とも思ったり。
少なくとも自分が警官だったとしたら、職務だとは言え、きっと嫌だなぁ。

でもまぁ、捨てたゴミを漁る行為を見るのは、確かに嫌悪感を覚えるのも事実。
特に自分の出したゴミを目の前で漁られると思うと、流石にね。
「リサイクルゴミは財産だ!! それを無断取得するのは窃盗だ!!」とか言って、条例は作られているけど、実際のところは「漁る行為」そのものを見るのが嫌で、条例とかに賛成して作られているんだろうし、私自身も「卑しい行為」だと思ったりする。

  • 他人が「ゴミとして」捨てた物を拾得・取得する行為。
    =卑しい行為。
  • 他人が「再生資源ゴミとして」捨てた物を、自らの利益とするために拾得する行為。
    =卑しい行為。
  • 他人が「中古品」として権利を放棄した物を、自分が使うことを目的として取得する行為。
    =それは中古品のサイクル。

ここまで書いて、「嗚呼、なんて自分は心が狭いんだろう」とか思った。