米国における日本マンガのローカライズ事情

  • Manga へのレクイエム – Sadly, manga will be on the fringe of US market(Books and the City)(閉鎖)

某さんがちょっとした「絡み」で日本の作品をアメリカでローカライズする出版社とお付き合いしたことがあるそうな。

これがスタッフがガンガン変わるんそうで、1年も経たないうちに、辞めたとかで入れ替わったりする。
まぁ某さんとしては、海外展開はあまり考えていない(てか、そこまで手が回らないのと、版権とか人の面倒とかがコストに見合わない)ので、正直なところ「受け身」の対応、なので人が変わる都度、話はリセットされるそうな。
まぁ編集とはいえ、輸入業に近いのと、おそらく思った以上に市場がセマい(もしくは出版業は異様に薄利な)ことに絶望して、辞めていくのかもなぁ、と思ったり。

…今の私には、現時点では全く絡みのない業界の話なので、与太話以上のものではありませんけど。
でも聞いてると、やっぱ微妙な気分になりますね。

きっと会社に採用応募~入社するときは「志」が高いと思うんですよ。
でも、米国はやはり成果主義というか、満足第一というか。
「満たされない」と思ったあとのテンションの駄々下がりっぷりは半端ない。

結構この記事の内容には否定的な意見も多いようですが、公式見解でないにせよ、アメリカの市場のロジックといいますか、指向とはそんなにかけ離れてはいないと思います。

よく誤解されるのですが、日本人は異文化を比較的「心理層」…とでも言うのでしょうか? その深いレベルで受け入れられるというか、染まりやすい(流されやすい)傾向にあるんだと思います。(まぁ、流行対象が「物」とか「人」の場合、冷えるのもマッハですけど。)
しかも、長年の遺伝子なのでしょうか、日本人には異文化万々歳なところもあるし。

それに比べて欧米系、特にアメリカ人は、どちらかというと「そういう文化も、あるよね」的な受け入れ方なんじゃないかな、と思う。
たぶん「基本は自分たちの立ち位置。これを揺るがす事はできない」的な何か。

それと、カルチャーギャップは、日本相互で発生しているものだとも思う。マンガだけでなく、映画や他の分野でもあったりしますし。

たとえば(俺様基準ですが)アメリカのコメディでも、「どつき漫才」とか下ネタ的な物は日本でも笑いを誘うことはできます。
ところが、アメリカンジョークは正直なところ面白くない。
てか、笑いを共感できるツボを見つけるのが、とても難しい。わかりにくい。

これはネイティブヒアリングがもしできたとても、理解できない自身がある。(ちょっとしたハプニングとかで言う「アメリカンジョーク」は別。あれぐらいなら笑えるよと思う、多分。)

それはマンガにおいて日本からアメリカに向かう場合でも起きているとは思う。
だって、日本人の僕ですら「のだめ~」ってどこが面白いのかわからん。
「よくできた作品だな~」とは思うけど、心の琴線にまったく触れない。「これはよい作品だ。ぜひ海外でも発表したい。」って考えたバカは、どこのどいつだ?

ちなみにそんな私は、マンガでも小説でも映画でも、作品は本能で感じる系だと自己分析しています。
面白いというのは、漠然としたところから感じるところから始まり、「なにが面白かったのだろう」とか分析的な事はあんまりしません。てか殆どしない。
音楽も歌詞を吟味するよりかは、リズムとサウンド、そこに声が乗っかって楽しむのが基本。作詞が良ければなお可、というような感じ。

まぁ作品の分析は、学者さんとか評論家・批評家などそっち専門の仕事であり、そういうのが好きな方々にお願いする方向で。
シンポジウムとか議論とかの行為を否定するわけではありませんが、私にとって、それは二の次。一読者としては脳みそが「おもしろい」と思えば、それが評価のすすべてでよいと思いますし、世の中の大半の人はそうだと思うんです。

それともみんな「ドコのナニが面白い」なんて、色々とコムズカシイ事考えて読んでいるひとばかりなの?

…なんか変な事書いたなぁ。
記事の内容を間に受けないでくだされ。

思っていること、感じているは事実だけど、それがちゃんとこの記事で表現されているかは別。
所詮、駄文なんで。


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