Twitter について

ブログより敷居の低いコミュニケーションツールとして使うのは、問題ありません。
コマーシャル的要素の高い内容についても、あまり頻繁に流すとウザいので、そこそこのつぶやき量にしましょう。
ただし、公式情報の類については、ブログに誘導するなりしてください。
問い合わせについては、FAQ なり、直接問い合わせるなり、誘導してください。

まぁ EMA の発言はインタビューの一端に過ぎないとは思うので、これだけで判断するのは難しいけど、記事の内容だけでは「コンテンツを提供する会社は悪くなくて、利用者が悪い。」という考え方もできてしまう。

そんな道理のままでいいのか?

コンテンツを提供・運営する会社は、コンテンツ上で行われるコミュニケーションの健全性は常に監視すべきであり、それがコミュニティの健全性を維持するきっかけともなると思う。
確かに、コストのかかる分野ではあるし、インターネットにおける発言できる内容についての議論もあるとは思うが、サービスを提供し維持していく上で、健全性やコミュニケーションの品質を損なう行為を見過ごすということは、牽いてはサービスの品質を落とす結果にもなりかねない。

ユーザの多様さは必要だとは思うが、リアル社会における秩序が及ばない事が多いネット上では、それに携わるも者全員に責任が生じると思う。
そもそも、コミュニティを作って「あとの自治は自分達でやってね」なんてサービスで、品質の良い情報を提供・維持できるとは思えない。それはリアルな社会において、その歴史が証明済。
たとえば、違反報告をユーザに求め、それを監視システム、利用者と運営者で協調運用できるようなシステムに構築するというのは、それほど敷居の高い行為ではないと思うが。

ちなみに、私もどちらかというとサービスを提供する立場の人間だが、ネットサービスにおいて無秩序な状態で提供したいとはあまり思わない。コンテンツとして情報の品質は必要だと思うし、そのためにはルール・秩序も必要だと思う。

確かに発想の足枷になってしまうかも知れないが、そこからサービス提供者の想定を超える発想が生まれるかもしれない。
どちらかというと、そっちのほうが物事が発展するうえでの、クリティカルパスだと思うし、逆にそこで新たな発想・発展が生まれなければ、そこまでのコンテンツだったという事になる。

私はそう思う。

大陸人ってのはさ。

「日本のように消費者に対して高い信頼を置いている社会」というのは間違い、「日本のように他人に対して高い信頼を置いている社会」なんだと思う。

まぁ細かいことは日本人を分析しなくてはならないので、その分野の権威でもない私としては、ここで多くは語らない。
でもひとつ言えるのは、それは「この精神的な豊かさが日本人が誇るべきアイデンティティの1つ」であるということ。

それに、中国人が恐縮する話ではないと思う。最近は日本人でさえ、精神的な豊かさは消えつつある。とてもガサツな社会になったもんだと嘆きたい。
まぁこれも、モノの豊かさ、グローバル化ゆえの反動…なのかも。

流行りかなんだか知らんけど。。。

  • 駅利用者は警戒せよ! キャリーバッグ衝突事故多発のワケ (ZAKZAK)(記事削除)

確かにキャリーバックは、自ら背負う必要がないので、何かと持ち物が多く持っていないと不安な最近のモヤシ人には「便利そう」なのと、何処の誰が提唱したのか知らん流行りの所為で、皆さんお持ちのようです。

そうなると、当然安物も多く出回ってしまって、ガキでも持って歩く有様。

それに当然のようにカートを引っ張っていれば「避けてくれるだろう」的な考えの方々が多いので、私は敢えて避けません。
まぁ痛い思いもしますが、だって避けると負けた気がして…。

てか、空港のターミナルとか新幹線のホームとか、如何にも旅行とか長期移動の方々が多い場所や時期ならまだしも、都会の街中とか店内で人目も気にせずガラガラ牽いているのを見ると、本当に腹が立つ。

個人的には舗装されているとはいえ、駅に向かう人が車輪に防音処置の施されていない安物キャリーバックをガラガラガラガラと轟音を立てながら移動していくサマは、とても滑稽。
「キャリーバック使うならタクシー乗れよ…」って思うわ。それ位のステータスは持っていただきたい。

ホントこんなチープな流行りを提唱したの誰よ…