投稿者「かず」のアーカイブ

かず について

東京練馬に生息する、干支も4週目終盤のオッサン。 最近は四十肩?五十肩?に悩まされております。 楽に治せる方法、ダレカオシエテクダサイ。。。

新型インフルエンザ来たる

ここ数日で急激にピックアップされてきました。

まぁ、国内感染者の発生も時間の問題…とかなんとか言っているうちに、強い疑いのある感染者が発見されたそうで。
WHO の感染警戒レベルも、ここ数週間で一気に5まで引き上げられた事を考えると、最高レベルの6、つまりパンデミック(大流行)の宣言は時間の問題かも知れません。

しかも日本人は、ゴールデンウィーク。世界中に向けてバケーション中。連休明けにはどんな事になっているんでしょうかねぇ。

ちなみに、私もマスクを買いました。品薄になりそうなんで。
でも昨日の晩飯は、近所のメキシコ料理屋に行ってきましたが。。。

…まぁ元々、普段から客が入ってなさそうな店ではあったのですが(失礼)、そういう静かな店は、個人的にはファミレスとかに比べると大変貴重だと思ってますんで、味と値段がそこそこなら、普通に使ってるんですよ。
でも、やっぱり風評とかあるんでしょうかねぇ、誰もいませんでしたよ。

それはさておき、最近の高校生は、北米へ修学旅行ですか。。。いいですねえ。
私の頃は「新緑の九州縦断、湯けむりツアー」でしたよ。泊る場所なんか全部温泉地。教員の慰安旅行も兼ねていたのかも知れん。。。
まぁ私立だったからかなぁ。

WHITE ALBUM (アニメ)

まぁ一言で言ってしまいますと、「随分古くさいテイストのアニメだなぁ。」って感じなんですが。
そんなことは判りきって作られている物なので、敢えて突っ込んでも仕方ないかと。

元々は Leaf のエロゲーとして発表された作品で、しかも10年位前の作品です。
ただし当時としては、いわゆるノベルゲームのシステムはまだまだ新鮮で、かつシナリオの表現が特徴的であったため、さらにLeaf 作品の ToHeart の後発という事も相まって、爆発的な売り上げを叩き出したのは事実。

実際ゲームのシナリオ表現については、今回のアニメにも取り入れられており、より作品の印象を高めている。
このアニメの表現方法は、NHK「街道をゆく」で司馬遼太郎の朗読がある部分を、テキストスーパーで表示させたりするのと同じ表現方法。
最近のバラエティ番組でも、出演者のしゃべりをより印象付けるために多用されているので、それほど新しい表現とは言えない。
ただ、アニメでは作品の時代背景も相まってか、また、キャラクター自身の台詞だけでなく心情もテキストで表現し補完しているので、より深い効果を生んでいると思える。

ただし作品の舞台そのものが、いわゆる「国民的アイドル歌手」がとりまく世界の話なので、その点から作品の対象年齢が昭和40年代を中心とした世代となってしまっている事は否めないかと思う。
その点に関しても、おそらく作品として敢えてそのままにし、現代風のアレンジは殆どない。その特徴としてオープニングの部分なんか、まさに昭和のドラマのオープニング仕立て表現されていることから。それが色濃く出ている。

まぁ最近のアニメ作品は、ある程度市場規模を読んたうえで世間に発表されているので、それでも十分利益がでるのだろうし、実際オリジナル作品を知っている立場の人からしてみれば、その方がよいのも事実。
それにより若い世代でも、この表現に共感を覚え、追随する人は少なからずいるし。
そういう点から見ると、今回の作品は、今までの業界の手法の集大成であることは事実かと思う。

それに、こういうテイストの作品は、われわれ子供の頃からテレビあり、多様化された番組を見てきた者からしてみれば中毒のようなもので、忘れていた感覚が蘇るスッキリ感に抗うことはできないのかも知れません。

…なんかジジくさい話になってしもうた orz…

  • WHITE ALBUM(アニメ公式)(閉鎖)
  • WHITE ALBUM(ゲーム公式)
  • 深愛 水樹奈々 歌詞情報(goo 音楽)

第六回博麗神社例大祭 雑感

まあ昨年はかなり混乱を来たした例大祭ですが、今年は大したトラブルもなく終えられたようで何よりです。

当初、昨年のような大混乱が予想されていたものの、一般参加者の待機場所を前回を遥かに凌駕する面積を確保した結果なのか、思ったよりも来場者数が伸びなかったからなのか、どうも定かではありませんが、昨年のような混乱は全くありませんでした。ま、杞憂でしたね。

しっかし、コミケとは違って明らかに参加者層の年齢がとにかく低い。なんだか声優のライブとかに来たような気分になれます。っか声優のライブよりも年齢層低いかも。

それにしても、一般待機列用にホールをまるまる1つ借りてしまうというのには驚きました。つか、タダではホールを借りられません。当然、1ホールあたり、ン百万という費用がかかります。カタログが高いのも頷けたり。だって当日 1,500 円。書店委託で 1,900 円という価格は、ベラボウに高いよ。
それを輪をかけて高かったのは、サークル参加費。確か 7,500 円だっけか。コミケ並の値段。まあ、コミケの場合は申込書が1,000 円かかるので、更に高いのではあるが。

んでもって会場内ですが、まあ御大は体験版が出たらしく、そこは大混雑したものの、それ以外の場所については、大方の予想通りとでも言いましょうか、まあ大手はそこそこ混雑するものの、それ以外は全然少なかったりという感じ。

まぁ、サークルも一般に違わず若い参加者層なので、まだまだこれからということでしょうし、最近の一般参加者は神主だけ確保できればあとはどうでもよいという人も多い。
結果的に、ドーナッツ化現象は顕著に現れるという状態です。これだと市場は成立しないので、結果的にジャンルとしては盛り下がっていくことになるのでしょうかね。
増してやシューティングゲームだし、話そのものにマンガ連載のような「厚み」がある訳ではないので、結果的には「そう」なるかと思いますが、さてさて、結果はどうなりますでしょうか。

養護学校における性教育について思う。

  • 障害児の性教育をめぐって(TBS)(記事削除)

まぁ、都議が何処からか情報を嗅ぎ付けて言い出したのか、都教委が目を付けたのかは知らないが、このような行動は、現場や家族のニーズ、社会を生きるために必要な教育を台無しにしているとしか思えないのは、果たして「番組の作り」だからだろうか?

個人的には教育というのは、ある程度独立したものであるべきだとは思う。
もちろん教育は国としての方針を踏まえたうえで、教育は実施されるものであるとは思う。でもそこに対して社会情勢を加味した対応を行うことはあっても、政治家や行政組織に携わる者の「エゴ」が反映されるようなことがあってはならない。

ましてや政治家は、あくまで国の方針や方向性に対して、あくま市民の考えをよく聞いて、内容をくみ取ったうえで、地域の代表として議会に参加して議論すべきである。さらにそこから提言や方針に基いて、行政機関が実際の現場に内容を落とし込むというのがセオリーであるはず。
無論、昨今の経済問題や防衛というような緊急を要する事案に対しては、政治家や行政が直接応じることも必要な場合があるとは思うが、基本的にそれらですら例外的に対処すべきであって、後日議論が尽くされるべきである。
とはいえ、まぁそれすら今の日本はできないという話ではあるのだが。

今回の場合、教育を行う現場の先生が、保護者をも交えて、教育内容を議論し決めている。これは、養護教育や義務教育において、国の教育方針にも匹敵する、大変大事な要素である。
そんな中に、一介の政治家が、たかだかどこかの雑誌の記事を鵜呑みにして、学校教育の現場の内容そのものに対して、直接影響や介入し、彼らのやってきた事を否定するような行為は、理解が足らなさすぎるし、自らの考えを押しつけているだけにしか見えない。

今回の場合、政治家は教育委員会を踏まえて十分に議論されて対応すればよいはずなのに、それが行われなかったのは、まさに「政」と「官」の癒着であるとしか思えない。

無論、それぞれの立場での事情があるのかもしれないし、致命的な問題があるのかも知れない。でも、政治家が市民に目を向けず、官僚にだけ目を向けるだけになったり、政治家自身が勝手に流れている情報を鵜呑みにして行動に出ていることが、問題の最たる部分であるような気もするのだが。

個人的には、東京の教育委員会は最悪。石原曲がりだし、利権が絡みまくってるし、超保守的だし。教組が目の敵にするのも仕方ないと思う。

だって現場に対する評価が、学校主体ではなく、教育委員会や政治家主体の評価しかないわけで、とても正しく行われているとは思えない。
まあこんなことしていれば、そりゃ出来のよい子はみんな私立に行くだろうし、親も私立に行かせる思う。だって公立だと、教育委員会とかその取り巻きのエゴによって、ろくな教育を受けさせてくれないのだから。

まぁ裁判の結果がどうあれ、彼らが都の養護教育のモチベーションを大いに落とすことになった事実は翻ることはない。

こんなの見ていると、どんどん政治家になりたい人は減っていくと思うし、政治家の質は下がる一方かと思う。
う~ん。こんなんだと自民にも民主にも次の選挙で票を入れたくなくなってくるんですが、どうしましよ?

手紙 ~ 拝啓 十五の君へ ~

ちょっとジャンル外ではありますが、良い曲だったもので。
あ、「みんなのうた」でもこの曲流れたのですが、その際のイラストが高屋奈月(フルーツバスケットの人)でしたので、そういう繋がりということで。

まぁ、かくゆう私も中学校で校内のクラス毎でやる合唱コンクールでやりましたが、その時歌った曲は…なんだったっけかなぁ。

確か「大地讃頌」だったけか。まぁ、ポピュラーな合唱曲だったかと。

曲は「追記」にて。

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アキカン!(アニメ)

ジュース缶に精霊が宿って、人化=美少女になって、他のジュース缶と戦う…って書くとなんか違うなぁ。

ちなみにアニメの出来は、どうにもよくありません。
内容の厚みがシナリオに出ていないのは、原作の所為なのか。

原作イラストが鈴平ひろさんという有名クリエイターだからなのでしょうか、アニメーション制作コストに不満を感じるのは。
まぁそんな感じの作品。

  • アキカン!(サイト閉鎖)

いよいよ出てきたか…

  • Aソ連型の97%がタミフル耐性=今冬流行の3分の1-日本へ本格上陸・厚労省(時事ドットコム)(記事削除)

昨年に比べるとタミフル耐性ウイルスが爆発的に増えている模様。
これから2ヶ月間はホントにインフルエンザが増える時期なので、用心しなくては。。。

…昨年中にワクチン打つつもりだったんだけど、体調崩して機を逃してしまった。
今からでも打ったほうがいいのかなぁ。

皆さんも気を付けましょう。

まぁ「足下を掬われる」出来事というのは、予想にもしなかったところから発生するわけで。
この話によると、確かに親のモノを勝手に使った責任は重大ではあるし、親本人も会社のルールを守らなかった責任はある。しかしながら、仕事を持ち帰らなくてはならないような職場環境を作った会社の責任はどうなんだろう?

確かに社会的責任という点では、当人と同様であるとは思うが、事故を起こした本人を処分すればそれで済んでしまうような企業はやっぱりおかしいと思う。

要するに、いくらまじめに働いても、こんな記事のような冷たい会社があるということかな。

たしかにこの記事の筆者の通り、当人の責任もあるし、それをやらせない努力はもちろん必要なんですが、仕事を家に持ち帰らせるような職場環境や社員の意識とかを矯正することが最も根本で、かつ必要だとは思いますけどね。

ちなみに私は仕事を家に持ち帰るようなことは絶対にしないです。もちろん体を壊さない程度の残業はしますけどね。それでも終わらない仕事は、終わっていなくても自宅には持って帰らないようにしてます。
だって、仕事が終わらないというのは、量的に終わらないようなムチャ振りしている会社がわるいんですよ、そんなの。能力に見合った割り当てを考えない会社とか上司の管理怠慢です。
(まぁ、自分自身で仕事を増やしたのなら話は別です。自分で自らを悔いなされ。)

東京タワー50歳

  • 東京タワー:23日に開業50周年 今も失われぬ存在感 (毎日新聞)(記事削除)

私も子供の頃に初めて東京タワーに行ったときは、ものすごい高い場所から眼下に広がる東京という都会に釘付けになったものです。

そして、ここ1~2年前に再度訪れたのですが、東京タワーより高い建物が東京のあちこちに建てられ、今ではその存在感も薄れつつあるのかなぁと思っていたのですが…

でも東京のあちこちにある高い建物から東京タワーを見つけるたとき、その存在感はなかなかであったり。
そして夜に浮かぶ東京タワーの照明ともなれば、更に存在感が増したりするわけで、まだまだその存在感たるや堂々なもんである。

これからも東京の名所として、変わらずそこにあって欲しいものだなぁと思ったり。